龍児の世界 〜 Reminiscing

............................................ I am what I am......

クレオパトラにひとめぼれ

 俺たち夫夫は97年3月から一緒に住むようになりました。それまではデン・ハーグ市内の同じ地域でそれぞれ別々のアパートに住んでいました。スープの冷めない距離、ってやつです。一緒に住むようになってから一番最初に二人でした大きな買い物は二人のベッドでした。Jackの希望でウォーターベッドを購入。俺もウォーターベッドなんて初めてだったので買った当時は喜んでました。

 マットレスの代わりにシングルサイズのウォーターバッグが二つあって、その中にクッションが入っています。そのバッグの中に水を入れてクッションを膨らませるのがウォーターベッドの仕組み。一つのバッグの中には60リットルの水が入ります。はじめに住んだ所から今のフラットに移るまで2度引越しをしたのですが、このベッドを移動するのが一苦労でした。引越し前には水を全部マットレスから抜いて、引越し後にはまた水を入れ直さなければならないんですが、この作業が凄く大変でした。特に水抜き作業。とにかく水を吸ったクッションが入ったバッグは重いし、粗雑に扱うと中のクッションがよれたり片側によってしまったりして、また水を入れた時にうまく膨らまなくなってしまうからです。

 ウォーターベッドの苦労はまだまだあって、とにかくよく水漏れしたことです。使っているうちにバッグが擦れて小さなしわが小さな裂け目になってしまうんです。これが起こると夜寝ている時にジワーッと水が寝具に広がって来てしまいます。まるでオネショしたみたいに。重量の関係でしょうか、特にJackのマットレスの方がよく水漏れしてました(笑)。水漏れの度にちょうど自転車がパンクした時みたいに穴が開いているところを探してそこにラバーを貼り付けて補修をします。問題箇所がすぐに見つかればいいんですが、マットレスの下側から漏れている時はまたしても全て水を抜かなければならず、本当に大変でした。バッグを新品に買い換えたのも2度くらいあったかな。

 つい最近、また水漏れが起こりました。今度水漏れしたら絶対に新しいベッドを買おうと以前から話し合っていたので、ようやく新しいベッドを買うことにしました。彼がAupingというオランダのベッドメーカーのベッドが前から欲しかったことは良く知っていたので、俺もこのメーカーのベッドを買うことに賛成しました。とにかくウォーターベッドでなければ何でも良かった、というのはちょっと言いすぎだけど。Jackは早速ネットで調べたりカタログを直営店から持って来たりしました。カタログを俺に見せて、「どれがいい?」

 いくつかのモデルの中から、これがいいな、と思ったのはCleopatraというタイプでした。
Cleopatra
 シンプルでモダンな感じ。直線と曲線が微妙に交じり合ったフォルムが気に入りました。あんまり他では見ない形なのも斬新でいいかな、と。Jackもやはりこれがいいと思っていたそうで、二人の間で簡単に合意。だいたい俺たちは趣味が似ているので、何かを買おうという時に意見が衝突することが殆ど無いんです。俺たちの趣味が決定的に違うのは好きな男のタイプだけかな。

 男二人でダブルベッドを買いに行く。「俺たちゲイカップルでーす」と宣言してるようなもんですな。まぁそんなことは気にせずにCleopatraを求めて週末にいくつかの店を回り、一番いいオファーを出して来た店で購入契約をしました。マットレスを選んで、付属品を選んで、ベッドフレームの色を決めて。フレームの色も二人の間で即合意でした。


 Jackは知っていたようだけど実はこのCleopatra、旧式モデルの復刻版なんだそうでオリジナルモデルは1953年生まれだそうな。そしてこの復刻モデルは期間限定販売。○○限定販売、っていうのに弱いんですよね、俺。下の画像はCleopatraが売り出された時の広告の写真です。これも時代を反映しているようでいい雰囲気がありますよね。
1953年モデルです
 発表以来25年間、Auping社の人気モデルとして販売されていたそうです。新しいと思っていたのが実は歴史あるもので、今風だと思ったものが50年以上も前のデザインだったとは驚きです。

 ちょっと値段の張る買い物になってしまいましたが、まぁ俺達の20周年記念品ってことでいいんじゃないでしょうか?クレオパトラがウチに来るのは来年1月の第一週の様です。
 「このベッドならこれから20年は使えるぞ」とはJackの言葉。今から20年後なんて想像つかないけれど、やっぱり二人で幸せに暮らしていられたらいいな。

 


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お稽古日記 2009年11月19日

 二週間ぶりのお稽古でした。前回、前々回と先生と一対一のお稽古でしたが、今日はお稽古仲間のN子さんと一緒のお稽古。やっぱり仲間と一緒だと楽しさも増します。お稽古の前後にする雑談もまた楽しいものです。準備や後片付けも二人でやると早いしね。



*今日のお稽古
五行棚(運び薄茶)

五行棚

 風炉のシーズンももう終わり。他の教室ではもう既に炉に移行が終わったことと思いますが、ウチの教室は来週から炉のシーズンになります。今日は風炉のシーズンの最後を飾る五行棚のお稽古でした。一年に一回だけしかしないお点前なのでよく覚えておかなくちゃ。
 玄々斎好みの五行棚。中置風炉がすっぽりと五行棚の中に置かれる点前。棚の中では地上の五つの要素「火」「水」「木」「金」「土」が置かれている。すなわち炉の中の火、釜の中の水、棚の木、釜の金、風炉の土である。棚の上下の二枚板と三本の竹と組み合わさり陰陽五行説をあらわしているそうだ。小さな茶室の中に置かれた小空間に小さな宇宙と地上の世界が創造される。
 点前の作法は前回お稽古した中置風炉点前と同じだが、棚があるので水指は細身のものが使われ、仕舞いは飾り棚。柄杓は天板の左隅に縦に置き、蓋置は地板の左隅から少し奥に置きなおす。棚の点前だが湯返しはしない。

*今日の失敗
 これは昔からの癖だが、お仕舞いの茶筅通しをして水を流した後に茶巾を茶碗に入れてからどうしても茶碗を拭きたくなってしまう。今日もこれが出てしまって、茶碗に入れた茶巾をつまみ出そうとしたところで先生に注意された。数年のブランクの後でも、間違えるところは同じ。一度身についてしまった間違いは直すのがなかなか難しい。日常生活でも良くある事だ。気をつけよう。



              *******        *******



 俺が茶道を始めたきっかけは前回の日記に書きましたが、今回は止めてしまったきっかけについてです。

 本当に熱心にお稽古に通っていたんだけれど、だんだんと疲れてきたというか自分の生活に疲れてきていた頃でした。なんか、何をやってもうまく行かないし、なんかイライラしていたんですね、その頃。今から振り返ってみれば厄年の入り口に差し掛かったところでした。職場環境は悪くなっていく一方で何とか転職をしようと思って努力してたんだけど、希望する転職先には採用されなかったりでストレス溜まり放題でした。

 それでお茶の稽古が良い気分転換になっていればよかったんだけれど、実際はその逆でした。なんだか稽古に行ってもストレスが溜まる一方でした。長くやってるのにちっともうまくならないし、何一つ覚えていない。その頃は習った事をメモしたりしておぼえる努力をちゃんとしていなかったから、何一つ身につかなかったのは当然なのですが。大体、デン・ハーグから渋滞の高速道路を走って一生懸命アムステルダムまで出て行って、たかだか1時間のお稽古をして、またデン・ハーグまで戻る。一時間の稽古の為に往復1時間半も移動時間のために潰されてしまうというのがどうにも理にかなっていないような気がし始めていました。

 そんなことを思っていた時に、ある日の稽古で先生に注意された事が非常に腹立たしく思えました。きっかけは一緒にお稽古をしていた人がお点前をしている最中に間違いをしたのを見て、お客の役をやっていた俺が横から口を挟んでしまったことでした。本来、生徒はそういうことをしてはいけないんですよね。生徒は人のお点前に余計な口出しをしてはいけなくて、指導をするのは先生だけでいいわけです。生徒は自分の分をわきまえて黙っていればいいんですけれど、俺は一言うっかり言ってしまいました。それを先生が冗談交じりで面白おかしく注意したんですが、それを俺が勝手に「からかわれた」とか「馬鹿にされた」と思い込んでしまって、もう途端につまらなくなってしまったわけです。

 後から冷静に考えれば、悪かったのは俺なんだし、先生が注意したのは当たり前。その冗談交じりの注意の仕方も、強い口調にならないようにと先生が気を使っていてくれたことだと思うんですよ。でも気分がささくれ立っていたそのときの自分にはそのように受け取れなかったわけです。ただでさえストレス溜まってるのに、趣味でやってる茶道でもストレス溜めるんじゃ堪んない。一時間半かけてストレスを更にもらいに行くのはもう止めだ。って勝手な理由でした。今、その時のことを考えてみると本当に馬鹿だったなと思いますが、その頃はどうしようもなかったです。習い事って気持ちや自分の周りの環境にゆとりがある時ではないとうまく行かない、っていう事が今はよく分かります。ゆとりが無い時に心の落ち着きを求めて習い事をやっても全然身につきません。

 稽古を止めた時には少しの間だけの休止で、ちょっと落ちついたらまた行こう、と思ってたんですが、一度止めたものを再開するのは難しいものです。俺の場合再開するまでに4年もかかってしまいました。



 余談ですが、お茶を止めて何か新しいことをしようと思って始めたのがブログ書きだったんですよね。



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国際結婚、Gayの場合。。。10.パーティー

 どうせやるんだったら大きいことやろう。一生に一度のことなんだから。ってことで家族、友達、知り合い、同僚をみんな結婚記念のパーティーに呼んじゃえ、って思った。結婚式本番には式場の大きさの関係もあるし、金曜日の夕方という会社勤めの人はまだ仕事をしている時間帯に式を挙げるということもあってみんなを招待することはできないからせめてパーティーだけでも大げさにやっちゃおう、なんて。一生に一度というのは結婚するのも一度でいいと思っただけではなく、そんな大きなパーティーを自分達の為に企画するのはこれ一回きりで良いや、ってことだ。

 結婚式は内輪だけでやることにした。Jackの家族と俺の仲の良い友達だけに見守ってもらえれば良いと思ったのだ。式の後には式に招待した人達と内輪の食事会をしたかったので、予算的にもそんなに沢山の人を結婚式とその後の食事会に呼ぶことができなかったという事情もある。

 友達や知り合いみんなを呼ぶでっかいパーティーは結婚式の次の日の土曜日にやることにした。そのパーティーをやった日が、実は俺達の出会い記念日なのでちょうど良かったわけだ。

 食事会の場所はなるべく式を挙げる市役所から近い所で決めたかった。12月のオランダは風雨が強く気温も低い。加えてJackの両親とそれぞれのパートナーの4人の高齢者がいるので、なるべく移動に時間をかけたくなかったのだ。市役所から近い場所といってすぐに二人の頭に浮かんだのは当地デン・ハーグで一番の和食レストラン「白鷺」だった。ここの2階でやろうよ、というのはすぐに二人の間で話がまとまった。あのレストランならシェフもホールのマネージャーさんも知ってるしちょうど良い。で、実際に交渉しに行ったのだが意外なことに断られてしまった。理由は2階のホールを貸切にするには予定の人数が少なすぎるし、大人数のテーブルだけの予約は金曜日の晩には取らないから、ということであった。そこをなんとか、と食い下がってみたのだが、女性のホールマネージャーは「村山さん、本当にごめんなさい」と謝るばかり。あぁ、これは何か他に理由があるんだなと思ったので、それ以上粘るのはやめた。市役所の近くには以前から二人で行ってみたいと思っていたレストランがあったので、日を改めてそこに二人で食事に行った。「テーマレストラン」と銘打っているところで、オーナーはオランダで有名なTVシェフの店。毎月テーマが変わり、テーマに合わせたメニューを出して、スタッフの衣装もテーマに合わせて変わるというパーティーレストランだった。二人で偵察に行ってみたら、食事もおいしかったし、レストランの奥のほうに貸切で使える個室があったので好都合であった。メニューには「各種パーティー承ります」の文字。スタッフは乗り乗りで自分達も楽しみながらサービスをしていて、他のお客さんたちもみんな楽しく食事をしている明るい雰囲気がとても気に入った。二人の間で「ここに決めよう」と話し合い、また後日、パーティーの予約が可能かどうか聞くために二人で出かけた。ここのマネージャーも女性で、俺たちが結婚式の後のパーティーをここでやりたいのだと伝えるとものすごく喜んでくれて
 
 「ゲイの結婚式?素敵っ!!是非ウチでやってください!」
 
 と大乗り気になってくれた。同性婚がまだ珍しかった頃の話である。珍しがられて面白がられて気に入ってもらえて、おまけにいろいろ良くしてもらって得をする、というパターンが俺たちには非常に多かったのだが、ここのレストランはその最たるものであった。マネージャーさんはパーティーの一切を取り仕切ると約束してくれて、実際にパーティープログラムや特別メニューを考えてくれた。このあともう一度レストランに打ち合わせに行ったが、完璧な準備をして俺たちを待っていてくれた。パーティー当日、ウェディングケーキは店からのサプライズプレゼントだったしその他にもいろいろとサービスをしてもらい、ここでパーティーをして本当に良かったと振り返って今でも思う。この「NAS」というレストランはいつの間にか無くなってしまった。結婚式の数ヵ月後のある日店の前を通ったら、レストランがあったところは新しく弁護士事務所になってしまっていてとっても驚いた。残念である。

 でっかいパーティーをやる場所は早くから俺の中で決めていた。デン・ハーグ市にあるBel Air Hotel。ここはその昔仕事関係でよくコンタクトをとっていた所で、俺が二度目にオランダに来た時はアパートが見つかるまで滞在していたホテルでもあった。俺にとってはいろいろな思い出が詰まったところなのだ。ここの宴会場を借りてカクテルパーティー(ドリンクとスナックだけのパーティーのこと)をやろう、と思ったんだけどやっぱり高くて予算オーバー。どうしてもあんたんとこのホテルでやりたいんだけど、何とかなんない?とホテルのセールスの人と相談の結果、ここのバーでパーティーをすることにした。バーは貸し切りにはできないから場所代は取らないよ、その代わり一般のお客さんも入れるからね、という好条件で。大勢でパーティーをやっていればそれ以外のお客さんはあんまり入って来ないものだから、貸切にしているのと同じようになる。いいオファーだった。

 「あなた達の招待客にはバーのスタッフが一目見て分かるような目印をなにか付けてください。花でも何でも良いから。そうしたらその目印をつけた人からはお会計を頂かないようにバーのスタッフに徹底しておくからね。」

 こう言われて、さてどんな目印がいいかなと考えて思いついたのは折り紙の手裏剣。バーでパーティーをするという契約をした日の晩から、毎日俺はせっせと手裏剣を作ることになってしまった。Jackはパーティーで流すバックグラウンドミュージックをせっせとMini Diskに録音しはじめた。選曲は俺たちが知り合った1990年12月からそれまで(2001年)のヒット曲。オランダのチャートにランクインした曲を中心に二人のお気に入りの曲をピックアップした。


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